女性の活躍推進企業データベース

厚生労働省
大学講義聴講レポート

神戸大学大学院 経営学研究科「ジェンダーと経営」 

 2023年11月9日(木)、神戸大学大学院 経営学研究科 服部泰宏教授の講義に女性の活躍推進企業データベース事務局が参加させていただきました。

 講義では、「ジェンダーと経営」を主なテーマとして、組織における多様性が組織のパフォーマンスにどのような影響があるのか、多様性の観点によってはプラスにもマイナスにも働く可能性があるということを、研究成果を引用しつつ紹介されており、女性活躍やダイバーシティを考える上で、大変勉強になりました。

 本記事では、講義の一部をご紹介します。

多様性が企業の業績に与える影響

 職場における人材の多様性は、大きく4種に分けることができます(表1)。なかでも、目に見える表層的な次元と、一見して分からない深層的な次元について注目してみます。

表1  職場における人材の多様性

出所:Jackson, S. E., & Joshi, A. (2011). Work team diversity. In S. Zedeck (Ed.), APA handbook of industrial and organizational psychology, Vol. 1. Building and developing the organization (pp. 651–686). American Psychological Association.

 表層的次元には年齢や性別といったものがあり、例えば、大学では年齢の多様性が低く、共学の場合は性別の多様性は高いと言えるでしょう。逆に企業においては、様々な年齢の社員がいる場合、年齢の多様性が高いと言えます。また、日本においては、人種の多様性は比較的低いと言えるでしょう。

 深層的次元には能力、知識や経験が含まれます。大きな組織であれば、様々な知識や経験を持つ人たちが集まり、お互いに補完しあいながら活動することで、状況に応じたより望ましい意思決定につなげられるといったメリットを享受することができます。

 Joshi & Roh (2009) 1(2011)は、多様性の表層的次元と深層的次元の違いに着目し、それぞれが企業の業績にどのような影響を及ぼすかについて研究しました。能力や経験(深層的次元の多様性の軸)が高いと、組織パフォーマンスが高い傾向にあることを明らかにしました。逆に、性別・国籍・年齢といった表層的次元の多様性はパフォーマンスに影響をしないか、場合によっては下げる傾向にあると結論付けました。

1 Aparna Joshi, A., & Roh, H. (2009). The Role of Context in Work Team Diversity Research: A Meta-Analytic Review. The Academy of Management Journal, Vol. 52, No. 3 (Jun., 2009), pp. 599-627. Academy of Management.

多様性と成果をつなぐロジック~なぜ、多様性があると良いのか~

 組織における多様性は、良い側面と難しい側面があります。

 多様性のある組織の中で、人は自分と似た人、近い人に好意を持つ傾向があります。例えば大学を例にとると、下宿している学生は同郷出身であることや、同じアーティストが好きといった共通項があると仲良くなる傾向があります(アトラクション理論)。また、自分と似た人と「つるむ」ことを好み、異なる人を嫌悪しコミュニケーションの境界を作ってしまうことがあります(社会カテゴリー理論)。目につくもので判断する表層的次元において起きやすいと言え、これらはダイバーシティのマイナス面と捉えることができるでしょう。

 一方、深層的次元の多様性が高い場合、相互に未知の情報や知識を補完し合うことができるため、全体の問題解決能力が高まると考えられます。つまり、組織のパフォーマンスが上がりやすくなります(情報・意思決定理論)。これは、ダイバーシティのプラス面を強調する側面です。

 表層的次元の多様性確保が難しい時には、深層的次元の多様性を確保することで同質性の影響を緩和できるかもしれません。

年齢階級別労働力率にみられるキャリアの危機と3つのサイクル

 日本の女性の年齢階級別労働力率の推移をみると、過去から改善はしてきています。しかしながら、依然として20代後半や40代で下がる傾向にあり、これがいわゆるM字カーブと呼ばれるものです。

図1:女性の年齢階級別労働力人口比率の推移

出所:内閣府 男女共同参画局「令和5年版 男女共同参画白書」
https://www.gender.go.jp/about_danjo/whitepaper/r05/zentai/pdf/r05_print.pdf

 一度目に下がるのは、女性の結婚や出産のタイミングと重なります。二度目は中年に差し掛かってからで、体力的に若い頃のように働けなくなる、部下に優秀な人が入って来るといった要因があり得ます。また、組織をマネジメントする立場になると多くの人が悩むというのは、日本以外の国でも起きていることです。

 人生においては、「生物学的サイクル」、「仕事・キャリアのサイクル」、「家族関係のサイクル」の3つが存在し、それぞれの動きが異なることでMの2つの落ち込む時期を作っています。例えばある30~40歳くらいになると、多くの人が体力的な衰えを自覚するようになるだけでなく(生物学的サイクル)、同時に、組織の中でそれなりに重い役割を担うようになり(仕事・キャリアのサイクル)、そこに家庭性格における種々の課題が重なる(家族関係のサイクル)といったことが起こるのです。ちなみに、上記のような落ち込みの時期(中年期の危機)は日本でいう厄年の時期と重なります。おそらく、古来より、心身に不調をきたす時期ということが理解されていたのではないでしょうか。

「女性初」の後が続かない要因

 社会では、あえて意識的に「女性初の○○」といった形で、象徴的に扱うことがあります。ところが、なかなか2代目、3代目と後が続かないことが多くあります。「女性初」といった場合、女性が「個人」としてではなく「女性を代表する象徴」として扱われ、過度に注目され、たった一回のミスが広く知られるという、多数派であればあり得ないような経験をすることになります。一方で、能力を発揮して成功した場合には、「例外的なケース」とみなされます。

 このような少数派であるがゆえに、象徴として扱われることによるプレッシャーや過度の期待により真の能力を発揮できなくなること、これこそが「女性初」の後が続かない理由なのです(この他にも、講義に参加している学生の皆様からは、「ロールモデルがないから失敗しやすい」(=性別やプロフィールが近い参考例がない)、「前例がないため、前の人の行動を参考にできない」(=モデリングができない)、「やっぱり女性だったからうまくいかなかったという評価をされてしまう」(=ネガティブなフィードバックが意欲を削いでしまう)といった意見が出ました)。

 では、これらを解決するためには、組織においてどの程度女性を増やせば良いのでしょうか。組織において少数派である人々も、全体に占める割合が3割を超えると、意思決定に影響を及ぼすことができ、組織全体の変化につながるといわれています。人数の問題についていえば、企業における女性の採用人数を増やせば、ある程度の克服が可能になります。Kanter(1977) 2は、ジェンダー問題の解決には数を確保することが重要であるということを示唆した内容の研究において、30%という数字が重要であると考えました。これを「黄金の三割」と呼びます。実は、これは安倍政権における女性の活躍推進の数値の根拠でもあります。

2 Kanter, R. M. (1977) Men and Women of the Corporation. Basic Books Inc.(高井葉子訳『企業のなかの男と女』生産性出版,1995 年)

多様な社員を取り込むということ

 これに加えて、多様性を確保することの重要性を示す研究もあります。近年はフォルトライン(fault line)という考え方が注目されています。元々、フォルトラインは断層という意味の英語ですが、組織においては異なる属性を持つ人々の間に生じる対立軸という意味で用いています。表層的次元の組み合わせが多様であれば、最初に生じたフォルトラインの存在感は薄まり、様々な属性の人たちを増やすと逆に問題が起きにくくなるという傾向を示しています。実際に、いくつかの実証研究では、複数の表層的次元のプロフィールを持った人々が混在する場合、集団内における対⽴はむしろ減少し、パフォーマンスも高くなる、ということが示されています。

 このことが示すのは、組織の中に多様性の持つパワーを取り込みたければ、中途半端な多様性ではなく、徹底的な多様性の推進が重要になるということです。属性を「毒」と呼ぶのはおかしいかもしれませんが、フォルトラインを作る属性がたくさんあることで、フォルトラインの影響を打ち消すという意味では、まさに「毒をもって毒を制す」という諺が当てはまる状態です。

講義に出席しての所感

 経営学の文脈で多様性をどうとらえたらよいか、多様性が組織のパフォーマンスに与える影響をどう考えるか、多様性の課題にどのように取組むことが望ましいのかのヒントを、心理学の知見を援用しながら考える講義内容でした。

 職場においては、様々な「制約」を持つ人たち、いわば「制約の多様性」が存在します。育児中の人、介護に従事している人、病気の治療をしながら働いている人、学びとの両立を目指す人、転居を伴う転勤が難しい人などが存在し、時間や働く場所、キャリアの制約がない人はほとんどいません。

 組織における多様性が組織のパフォーマンス、企業の業績にどのような影響を与えるのか、企業選択や企業研究の際に考えてみてはどうでしょうか。

 服部先生、神戸大学学生の皆様、貴重な機会をいただきありがとうございました。