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厚生労働省
機関投資家等へのインタビュー

「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)において採用されているESG指数と日本企業の情報開示について」

年金積立金管理運用独立行政法人 ESG・スチュワードシップ推進部長 塩村 賢史氏

 年金積立金管理運用独立行政法人(以下、「GPIF」という)では、年金積立金のサステナビリティを高めるうえで、投資においてESGを考慮することが重要であるとの考えから、2015年の国連の責任投資原則(PRI)1 に署名以降、ESGに関する様々な取組を進めています。

 GPIFにおいて採用されているESG指数と日本企業の情報開示について、特にESGのうち「S」(社会)に着目して、GPIFのESG・スチュワードシップ推進部長 塩村 賢史氏にお話を伺いました。

塩村 賢史(しおむら けんじ)

年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)
ESG・スチュワードシップ推進部長

 2016年2月GPIF入職後、チーフストラテジストとして、投資戦略立案やESG指数の選定などを担当。ESG活動報告については、発刊当初から編集責任者として執筆、取りまとめを担当。2023年4月ESG・スチュワードシップ推進部発足により、ESG・スチュワードシップ推進部長に就任。GPIF入職前は、大和証券投資戦略部にて日本株投資戦略、内外マクロ経済等を担当。日本証券アナリスト協会 認定アナリスト(CMA)

1 Principles for Responsible Investment(責任投資原則)。国連事務総長の呼びかけの下、環境、社会、コーポレートガバナンスの問題と投資慣行との関連性が増大していることを考慮し、機関投資家の国際的なグループにより策定されたもの。投資分析と意思決定のプロセスにESG課題を組み込むことなど、6つの原則から成り、2023年6月末現在5,300以上の署名機関が参加し、資産総額は121兆米ドル以上となっている。(出典:UNFP FI、国連グローバルコンパクト「責任投資原則 2021」及び“PRI update”(Q2/2023))

-はじめに、塩村さんのお仕事についてお聞かせください。
塩村氏:
塩村氏:

 GPIFは、厚生年金と国民年金の給付の財源となる年金積立金の一部をお預かりして管理・運用を行い、その収益を国に納めることにより、年金事業の運営の安定への貢献を目指しています。GPIFでは「長期的な投資収益の拡大には、投資先及び市場全体の持続的成長が必要」との投資原則の考え方に沿って、運用プロセスの全体を通じ、ESG(環境・社会・ガバナンス)を考慮した投資を推進しています。

 私が所属するESG・スチュワードシップ推進部は、ESG指数の選定などESG投資に関する投資戦略の立案、ESGに関する新しい投資手法の調査やESG活動報告の作成、運用受託機関のスチュワードシップ評価などを行っています。

-GPIFでは、国内市場については、ESGをテーマとした6つの株式指数を選定し、運用されています。これら指数のうち、MSCI日本株女性活躍指数(通称「WIN」)はESGの「S」(社会)のテーマであるダイバーシティに着目する指数ですが、WIN指数について教えてください。

出典:GPIF「2022年度 ESG活動報告」(2023年8月)
https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/2022_esg.html

図  GPIFが採用している国内株ESG指数の主な特徴

塩村氏:
塩村氏:

 GPIFでは、企業の持続可能性に配慮した指数に基づいた運用を行うことで、ポートフォリオの長期的なリスク・リターンの改善に加えて、ESG評価の改善などを通じた日本の株式市場の底上げ効果が期待できるとの考え方から、ESGを考慮に入れた様々な指数を運用のベンチマークとして採用しています。2017年に採用したMSCI日本株女性活躍指数は、女性活躍推進法により開示される女性雇用に関するデータに基づき、多面的に性別多様性スコアを算出し、企業を選別している指標です。

 ESG指数のパフォーマンスは、1、2年で評価するものではなく、5年、10年での局面やサイクルを全部見て評価することが求められていると考えています。2022年度はWIN指数を中心に厳しい投資環境となりましたが、ESG指数に基づくポートフォリオ全体としては、運用開始来で市場平均並み、正確に言うとそれをやや上回るパフォーマンスを確保できています2

2 GPIFが採用しているESG指数のパフォーマンスについて、詳しくはGPIF『2022年度 ESG活動報告』の49~50頁をご参照。https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/2022_esg.html

-ESG指数の「S」に関する日本企業の取組の状況はいかがでしょうか。
塩村氏:
塩村氏:

 S(社会)に関するテーマ型指数としてWIN指数を採用し、運用を行っていますが、女性の登用はダイバーシティの要であり、Sの代表的な要素です。WIN指数を採用したタイミングが早かったこともありますが、この分野は日本企業が海外と比べて差があるという認識があり、そういう認識がこの指数にも反映されているとご理解いただければと思います。Sの課題のなかで、女性の活躍の問題だけが重要であると考えているわけではなく、例えばサプライチェーンの話や人権の問題など、昨今の「S」の要素はいろいろありますが、そうした要素は今現在、運用会社を通じたエンゲージメントなどにおいて、重視していただいていると認識しています。

-WIN指数の中で5項目(①新規採用者における女性比率、②従業員に占める女性比率、③男性と女性の平均雇用年数の違い、④管理職における女性の比率、⑤取締役会における女性の比率)を重点項目として取り上げていると思いますが、女性活躍情報として重視している情報はこれらの情報でしょうか。
塩村氏:
塩村氏:

 女性活躍に関していうと、どういう取組を行っているかが本来一番重要ですが、その前段階として情報開示についても重視しています。WIN指数で挙げているこれら5つの項目はその中で基本的なものかと思います。本来的には、こうした定量的な情報以外の情報、例えば企業の取組方針といったものがより重要であると思っています。

-GPIFの『ESG活動報告』のなかでも、コミットメントや方針の開示が日本企業の苦手な分野であるとの評価でした。
塩村氏:
塩村氏:

 コーポレートガバナンス・コード3でもそういったところが指摘されていると思います。企業の方針があって、実際の取組が積み重なっていくものだと思いますので、まずはそこが必要であると考えています。

 一方で、情報開示をすることによって、気づきを得るということがあると思います。情報開示をするために数字をまとめて他社と比較してみたら、当社はこの部分が弱くて、この部分は強かったんだと認識することは重要だと思いますし、そこが第一歩だと思います。そして、その次に方針があって、それが実際に行動に移ってくるという話なのだと思います。

3 英語表記でCorporate Governance Code。上場企業が守るべき企業統治の行動規範で、中長期的な企業価値の向上に向け、上場企業の経営者が取り組むべき指針。東京証券取引所や金融庁が中心となってとりまとめ、2015年6月から全上場企業への適用が開始された。2021年6月の改訂では、企業の持続的成長を促すため、取締役会による経営の監督強化や気候変動関連の情報開示、人権尊重などが盛り込まれている。

-GPIFが2022年度に採用した「Morningstar日本株式ジェンダー・ダイバーシティ・ティルト指数」では、オランダのデータプロバイダーEquileapのデータを使って、企業のジェンダー平等に関する取組を評価しています。Equileapのジェンダー指標の中で、着目されているデータ項目はありますか。
塩村氏:
塩村氏:

 Equileapの評価データでは、特に、男女の賃金の差異のデータに注目しています。これまで日本では、男女の賃金の差異を開示している会社はごく一部に限られていました。しかし、女性活躍推進法の改正により、301人以上を雇用する事業主にはこのデータの開示が求められることになり、今では「女性の活躍推進企業データベース」にも掲載されています。男女の賃金の差異については、その差が生まれている背景を探ることとで、男女の処遇の違いという側面のみならず、組織が抱える様々な課題を明らかにすると考えています。GPIFにおきましても、GPIF職員の男女の賃金の差異の要因分析4を実施していますので、そちらもご参考にしていただければと思います。

4 GPIF『2022年度 ESG活動報告』の19頁をご参照。 https://www.gpif.go.jp/esg-stw/esginvestments/2022_esg.html

-日本企業がESG情報を積極的に開示していくことに向けて、メッセージをお願いします。
塩村氏:
塩村氏:

 短期で投資する人もいますが、ESGを中心とした非財務情報をベースに投資をするという投資家も増えてきていると思います。そういった投資家に評価をされることを期待するのであれば、情報開示は積極化していくことが必要かと思います。長期的な経営をする上では、それをサポートとしてくれる、長期的な目線で見てくれる投資家が株主にいた方が経営はうまくいくわけなので、そのためにはその人たちが欲している情報を出すというのがまず第一歩なのではないかと思います。

-本日は大変示唆に富むお話をいただきありがとうございました。

(インタビュー実施:2021年9月(2023年10月更新))