女性の活躍推進企業データベース

厚生労働省
有識者インタビュー

「男女の賃金の差異の情報公表が意味するもの」

近畿大学 経営学部 准教授 松原光代氏

2022年7月の女性活躍推進法の省令改正により、企業1には「男女の賃金の差異」の公表が義務付けられています。当項目の公表の意義やデータが示す意味などを近畿大学 経営学部 准教授 松原 光代先生にうかがいました。

1 常時雇用する労働者が301人以上の事業主

松原 光代

近畿大学 経営学部 准教授

東京ガス㈱、東京大学社会科学研究所特任研究員、東レ経営研究所、学習院大学特別客員教授、PwCコンサルティング合同会社等を経て、2022年4月より現職。 2010年学習院大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。専門はキャリア開発論、人的資源管理、女性労働論、労働経済学。
主な論文や著作には、「短時間正社員制度の長期利用がキャリアに及ぼす影響」(日本労働研究雑誌、No.627、2012年)、「社員のワーク・ライフ・バランスの実現と管理職の役割」(佐藤博樹・武石恵美子編『ワーク・ライフ・バランスと働き方改革』勁草書房、2012所収)、「ワーク・ライフ・バランス施策が効果的に機能する人事管理」(武石恵美子編『国際比較の視点から 日本のワーク・ライフ・バランスを考える』ミネルヴァ書房、2012所収)、「企業のワーク・ライフ・バランス推進と自治体の支援」(佐藤博樹・武石恵美子編『ワーク・ライフ・バランス支援の課題』東京大学出版会、2014所収)「転勤が総合職の能力開発に与える効果」(佐藤博樹・武石恵美子編『ダイバーシティ経営と人材活用―多様な働き方を支援する企業の取組み』東京大学出版会、2017所収)「ワーク・ライフ・バランス」(鈴木竜太・谷口智彦・西尾久美子編『1からのキャリア・マネジメント』碩学舎、2023所収)などがある。

-企業が「男女の賃金の差異」を公表することで、学生や求職者に対してどのような影響を与えるとお考えでしょうか。
松原氏:
松原氏:

まずは情報の「読み方」を示す必要があります。企業が公表する「男女の賃金の差異」の情報から、その企業の優れた点や改善点を読める人は少ないと思います。そうなると、情報を公表してもその効果は限られてしまいます。

学生は、企業の「男女の賃金の差異」や「女性管理職比率」などの情報を、他社との比較や、企業の人事部の説明と実績とを照らし合わせてみることが大切です。そのうえで、将来の結婚や育児を見据えて自身の描く働き方ができる企業かを調べてみるのです。そういった情報の読み方を学んだうえで、公表されている情報を利用できるようになると、情報公開が意味を持ちます。

-企業研究のために、企業の働き方情報を「読む」ためには、どうしたら良いでしょうか
松原氏:
松原氏:

「情報の読み方」は、言い方を変えると比較の方法になります。
ある業種に興味を持っているならば、女性の活躍推進企業データベースを利用して、同じ業種の企業の情報を比較します。情報の比較から、企業の働き方の差異や傾向を推測することができます。ただ、これはあくまでも推測であって、これだけでは不十分です。そこで、インターンシップや企業説明会に参加して、その差異や傾向がどんな人事制度や取組に裏付けられているものなのかを理解していきます。それでも不明点があればさらに質問をして、情報が示す差異や傾向の原因を明らかにしていくことが、企業への理解を深めることになります。学生には、情報から見えない部分を自分の目で確かめていくことが大切だと伝えています。

-企業にとって、「男女の賃金の差異」の情報公表の意味について教えてください。
松原氏:
松原氏:

人的資本への投資をしているか、人的資本を活かせているかは、「男女の賃金の差異」に表れます。また、人的資本への投資は、能力やスキルよりも、マインド面に大きく表れるという研究があります2。自己肯定感の向上の結果、従業員の業務へのコミットメントが高まり、生産性が向上することにつながります。

近年、パーパス経営3を掲げる企業が増えていますが、そのパーパスに社員が共感し、自己実現を図りたいと考えた時、人的資本への投資に関する企業情報の見える化が大切になってきます。逆に言えば、見える化が十分でないと、社員のワークエンゲージメント4が低下する恐れがあります。

20代後半から30代は、仕事では成長の時期、家庭では結婚や育児の時期であることが多く、とても忙しい期間です。この時期を「キャリアの密度が高い時間」と言ったりしますが、この期間を有意義に使い、自己実現ができる企業かどうかが、企業選択にあたって重要な要素です。働き方に関する情報が公表されていて、そこからキャリアの取捨選択ができる企業が、「選ばれる企業」になっていくと思います。

2 守島基博ほか『人材投資のジレンマ』(日本経済新聞社、2023年)

3 パーパスは、企業としての存在意義のこと。自社の存在意義を明確にし、社会どのように貢献するかを掲げる経営。

4 仕事に対して、ポジティブで充実している状態。

-人的資本を活かすには企業が情報を公表することが重要で、また、それを読む側が情報の読み方を理解することが大事であることが分かりました。「男女の賃金の差異」が課題となっている企業にとって、これを解決するには、どのような取組が重要でしょうか
松原氏:
松原氏:

企業には、「男女の賃金の差異」を縮小するメリットが十分に伝わっていないように思います。また、取り組み方が分からないという企業が相当あるという印象です。

例えば、ある企業で30代の男女の賃金に差があり、女性の短時間勤務制度の利用割合が高いことが原因と分かったとします。ところが、この原因把握にとどまっては、男女の賃金の差異の縮小にはつながりません。短時間勤務制度の利用者が多い理由が、本人の希望か、または、職場が長時間勤務を当たり前としているから短時間勤務を選ばざるを得なかったのか、真の理由を探ることが重要となります。キャリアに対する意識や職階によって理由が異なるでしょうし、従業員が短時間勤務を選んだ理由に対して、サポートしていくことが大切です。

-最後に、「男女の賃金の差異」のデータ公表を企業がどのように行うことが重要とお考えでしょうか
松原氏:
松原氏:

情報公表をしないと、働き手や投資家から見て、企業の人的資本への投資の取組がブラックボックスになってしまいます。たとえ現時点で数値が良くなくても、その理由が理解できて、パーパスに賛同できれば、その企業を選択する人はいるはずです。情報を公表する際には、その数値の背景や元となる取組をあわせて記載すると、働き手は企業選択を納得して行うことができるようになりますし、従業員にとってもワークエンゲージメントを高めることができるようになります。投資家にとってみても、企業の現状に納得をしつつ、将来に向けた投資行動やエンゲージメントの材料とすることができるでしょう。